Part1:噛まなくなった現代人
仕事・家事・育児に追われて忙しい日々を過ごしている現代人には、空腹を満たす食事は何の変哲も
ない日常の習慣なのかもしれません。しかし時間に追われて早食いになると、咀嚼の回数が顕著に減少
するため、食べ物を歯で噛み砕き、舌で唾液と混和して十分に食塊を形成しないまま飲 み込むように
なります。人間の食べ方は、小さいころからの食習慣とそれに伴う口腔機能の発達が影響しています。
幼少時より成長の過程でほとんど噛まなくてよい食事が習慣化すると、いわゆる「流し込み食べ」と
いう食べ方が身についてしまいます。学校給食の現場でも問題になっており、給食を牛乳で流し込んで
食べる子どもたちが増えていると言います。
・平均620回
これは現在日本人が一食あたりに要する咀嚼回数です。昭和初期には平均1420回咀嚼していたと言われ
ているため半分以下に減っていることがわかります。さらに時代をさかのぼると江戸時代には平均1465
回、鎌倉時代には平均2654回、弥生時代には平均3990回と報告されています。
・噛まなくなったことで、形態・機能にも影響が出ている
最近では、「飲む〇〇」といった食品をよく耳にします。時間がなくても手軽に空腹を満たせる食品と
して働き盛りの若年層を中心に人気があります。エネルギーも栄養もすべてが飲料、ゼリー、錠剤と
して飲み込むことで、食事の時間ロスをなくそうという発想でコマーシャルされています。これらの
商品こそ、咀嚼を必要としない究極の食事(嚥下食)です。嚥下食は、脳血管障害の後遺症などで
うまく噛めない人が代替として摂取する補助栄養や介護食の位置づけであれば納得できますが、噛める
人が噛まずして飲み込むだけの食習慣として定着すると、知らないうちに咀嚼機能が退化していき、顎
は十分に発育せず、生じた顎の発育不全が次の世代に継承されます。その結果現代人では、骨格は華奢
で細長い顔貌となり、虚弱化した口腔の形態的ならびに機能的な異常が増えているのです。
Part2:「噛む」の効用をエビデンスで知る
①唾液の分泌を促進する
・唾液には食塊形成を補助する役割がある
・唾液は食物の消化をサポートし、胃の負担を軽減してくれる
・唾液の味覚を敏感にするはたらきによっておいしさが増す
②脳を活性化する
・咀嚼で記憶力や集中力、判断力が高まる
・咀嚼は学習効果に影響する
・咀嚼は認知症高齢者のQOLを改善する
③生活習慣病を予防する
・よく噛んで食べると食後の血糖値の上昇を抑制できる
・咀嚼回数は高齢者の食事満足度が得られやすい
④誤嚥性肺炎を予防する
・嚥下直後の食塊形成は誤嚥性肺炎の発症に関連する
・咀嚼回数と嚥下直前の食塊は嚥下に影響する
Part3:DHにできる『噛む』へのアプローチ
①食塊形成の重要性を理解してもらう
十分な食塊形成を行うには、歯だけではなく、唾液と舌の運動も大切な要素である。
②薬がうまく飲めているか確認する
③食生活(習慣)を把握して咀嚼の指導につなげる
歯科衛生士が『噛む』を支える存在になれる
よく噛んで食べるか、噛まずに食べるか、同じ料理でも人によって食べ方は様々です。食べる食材に
よっても食感やおいしさを感じる咀嚼回数、または適度な食塊形成にふさわしい咀嚼回数は異なり
ます。30回以上噛んで食べよう!と回数に固執しすぎると、せっかくの食事も楽しくなくおいしさも
半減するでしょう。よく咀嚼するのが食事のすべてではありませんし個人差もあるので無理強いする
ものでもありません。一方で、高齢者が多くなった今、歯科医院に通院する患者さんの中には、早食い
の習慣から誤嚥や窒息した既往歴のある方や、咀嚼したいものの口腔機能の低下が原因でうまく噛めず
に苦痛を感じている方がいるのも事実です。 歯科衛生士の皆さんには日々の診療の中で、患者さんの
口腔機能と全身の健康に関連する食事や服薬の関係について考えたり見直したりするきっかけ作りを
していく必要があります。そのためには、「食事はよく噛んで食べていますか?」「薬はうまく飲めていますか?」など些細な一言を患者さんに向けてみることが大切です。
感想
私自身もあまり咀嚼せずに食事をする癖があります。噛むことはいいことがたくさんあり将来の自分
自身の健康につながるので意識して習慣づけていきたいと思います。
衛生士 藤元