スタッフレポート

「アルツハイマー病〜歯周病菌が記憶を奪う〜」について勉強会で発表して

・認知症は予防できない疾患?

認知症予防法はいまだ見い出されておらず、認知症の「原因と対策」が平成の時代までは未確立であり

ました。 しかし、2019年1月、全く新しい視点から認知症の治療と予防への糸口が見つかったのです。

その糸口とは、数ある歯周病菌の中で最も高い病原性を有する「ポルフィロモナス・ジンジバリス」と

同菌が分泌する強力なタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)「ジンジパイン」です。

 

・細菌の性質の違い

人間社会と同じように細菌もまた、自分たちが生着する環境に応じた適応を遂げています。 歯の表面

では、歯肉縁上に定着する細菌群と、歯肉縁下の歯周ポケット内に生息する細菌群に大別されます。

歯肉縁上に生着する細菌は、空気中の酸素にさらされるため「好気性」であり、食物に豊富に含まれる

「糖質」を栄養源としています。これに対して、酸素の薄い歯肉縁下の奥深くに潜む菌は、酸素を嫌う

「嫌気性」であり、食物はポケット底に届かないため、周囲のタンパク質を分解して得られた「アミノ

酸」が彼らのエネルギー源になります。 歯肉縁上の細菌は豊富な酸素存在下で、ケーキや果物など食物

由来の糖質をエネルギー源としたうえで、ブドウ糖を数珠つなぎにしたグルカンでバイオフィルムを

成長させます。 歯肉縁下の細菌は、酸素を避けるためガスマスクを着用し、削岩機(プロテアーゼ)で

周囲のタンパク質を手当たり次第に破壊しながら、バラバラになったアミノ酸をエネルギー源として

います。この時ターゲットになるタンパク質は、豊富なコラーゲンを含んだ歯根膜線維や歯肉溝滲出液

に含まれるアルブミン、そして出血で現れた赤血球のへモグロビンなど、多種多様です。

 

・最強の歯周病菌ポルフィロモナス・ジンジバリスとタンパク質分解酵素ジンジパイン

歯周病菌の中でも、際立って強力なタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)を有する細菌が、「ポルフィロ

モナス・ジンジバリス」です。ポルフィロモナス・ジンジバリスが産生し、菌体外に分泌する「ジンジ

パイン」というプロテアーゼは、あらゆるタンパク質を分解します。 ポルフィロモナス・ジンジバリス

は、数百種類を超える歯周病菌群の中で、最も病原性が高い菌として知られていますが、その高病原性

はジンジパインによってもたらされているのです。

 

・全てを破壊し尽くすジンジパイン

ジンジパインは強力なタンパク質分解酵素なので、アルブミンもコラーゲンも4時間で、ほぼすべての

タンパク質をペプチド・アミノ酸レベルにまで分解してしまいます。 ヒトの歯肉溝滲出液には「アルブ

ミン」が豊富に含まれています。歯肉溝と深い歯周ポケットから回収された歯肉溝滲出液中において、

アルブミン状態に違いがあるかどうかを比較した実験によると、深さ1〜2mmの正常な歯肉溝から回収

された歯肉溝滲出液に含まれるアルブミンの分解は一切認められませんでしたが、一方深さが4〜6mm

ある歯周ポケットから回収されたサンプルでは,アルブミンの部分的な分解が認められており、深さ7〜

12mmの歯周ポケットになると著しい分解が起きていることがわかりました。 しかし、ジンジパインの

標的は、コラーゲンやアルブミンに留まりません。歯周組織は歯肉や歯根膜をはじめとして、豊富な

血管網に裏打ちされていますが、ジンジパインの破壊作用はこれらの血管組織にも及びます。 正常な

血管の内腔は内皮細胞がぴっちりと敷き詰められ、血液成分が血管の外に漏洩することはありません。

しかし、血管内皮が傷害されると細胞間に間隙が生じ、そこから血液成分が組織に漏れ出てしまい

ます。これを「血管透過性の亢進」とよびますが、ジンジパインは血管内皮に傷害を与えることで血管

透過性を亢進させるのです。 注目すべきは、実験で観察されたジンジパインによる血管透過性亢進が、

培養上清皮下注射後「わずか30分」で認められたという事実です。急性反応でこれだけの血液成分漏洩

が起きたということは、歯周ポケット内で1週間、1カ月とジンジパインによる血管傷害が続けば、

やがては血管が破れ「出血」が起きることが予想されます。

・ポルフィロモナス・ジンジバリスは鉄を喰らって生きる

ポルフィロモナス・ジンジバリスは、歯周組織からの出血により溢れ出した赤血球のヘモグロビンを

ジンジパインで分解し、「ヘミン」を手に入れます。ヘミンは鉄を含むポルフィリンであり、鉄はポル

フィロモナス・ジンジバリスの必須栄養素です。 鉄は彼らにとっての生命線であり、歯周ポケット内部

で「出血が長期的に続く」ことが、ポルフィロモナス・ジンジバリスが増殖するための絶対条件といえ

ます。

 

・ポルフィロモナス・ジンジバリスは歯ぐきの中にすみつく

ポルフィロモナス・ジンジバリスの病原性が高い理由は、ジンジパインに加えてもう1つあります。

一般的に、「歯周病菌はプラーク中に存在するものと捉えられていますが、実はポルフィロモナス・

ジンジバリスは上皮細胞に侵入する能力をもつ、数少ない細菌の1つなのです。 ポルフィロモナス・

ジンジバリスはプラークから歯肉上皮に侵入し、さらに歯肉内部で感染を広げるのです。 さらに、

ポルフィロモナス・ジンジバリスは、激しい血流下でも留まることができる、「内皮への強力な

接着能」を有しています。

 

・マウスを用いた感染実験

イリノイ大学シカゴ校歯学部グループは、マウスの口腔内に週3日(月水金)、合計22週間にわたり、

ポルフィロモナス・ジンジバリスを投与し続けることで、マウスのポルフィロモナス・ジンジバリス

感染モデルを確立しました。23週目に上顎をCTで撮影すると、ヒトの歯周病と同じく、「歯槽骨の

吸収」が観察されました。 2018年、このマウス歯周炎モデルを用いて、ポルフィロモナス・ジンジバ

リス口腔内投与後に、ジンジパインが海馬に局在している事実を突き止めます。 さらには、ポルフィロ

モナス・ジンジバリス投与群では、海馬において、神経変性が起きており、アルツハイマー病患者の

脳組織に特徴的な、アミロイドβとリン酸化タウの集積が明らかになりました。 健常者と各種脳疾患

患者の脳組織切片を用いて、ジンジパインの検索を行うと、パーキンソン病、ALS (筋萎縮性側索硬化

症)、ハンチントン病では、ジンジパインの集積は健常者と変わりありませんでしたが、アルツハイマー

病では病期の進展に応じて、著しいジンジパインの沈着を認めました。さらには、軽度認知障害症例

や、30代の極早期老人斑など、認知症発症の前段階でもジンジパインが検出されています。 これらに

より、ポルフィロモナス・ジンジバリスが生きた人間の体内で、神経感染を起こしている事実が明らか

になったのです。

 

【感想】

歯周病菌が認知症の方の体にどのような経緯で影響するのかを全く知らなかったので、とても勉強に

なりました。認知症の治療薬はまだ出来ていませんが、年々認知症の方は増加の傾向にあるので、今後

認知症の患者さんと接することも考えて治療にあたりたいと思いました。

                                衛生士 星島

  2021/08/11   ふくだ歯科
タグ:認知症