最近の研究によって“病原菌”単独の働きによるものではなく、口腔常在菌の“協力(チームワーク)”によ
って、う蝕や歯周病が引き起こされることが分かってきました。プラークをお口の中の生態系と捉え、
細菌たちの“チームワーク”でう蝕や歯周病が起こるメカニズムを解説します。(生態学的プラーク説)
① プラーク中はどんな環境?
歯肉縁上は常に唾液で覆われ、酸素も浸透しやすい環境です。食事の時には、糖などの栄養素が多量
に供給されます。特に糖は細菌の栄養源として優れており、歯肉縁上には糖を利用してエネルギーを
得て生きている多くの通性嫌気性細菌が生息しています。
② う蝕を引き起こすまで
細菌たちが代謝すると環境に変化が起きる
歯肉縁上プラークにStreptococcusやAccinomycesといった細菌はすべて糖を代謝し酸を産生します。
また、細菌の代謝にともなって環境中の酸素が消費されてしまうので、プラーク中は嫌気的になり
やすくなります。
頻繁に糖が摂取されるorブラッシングが行われないと、疾患が発症する
糖を頻繁に摂取すると歯肉縁上プラークPHの回復が遅れ、PHの低い状態が続くようになります。
これによって歯表面の脱灰も起きやすくなりますが、同時に細菌の酸生産機能を増強させることに
なります。ただし、細菌が自ら創り出した酸性環境が細菌にとっても好ましい環境ではありません。
酸性環境では重要な代謝酵素や遺伝子が変性し、死(酸性死)に至ることになるため、細菌は様々な
対抗策を打ち出します。その結果、細菌たちは自ら創り出した酸性環境で生き延びることができると
ともに、糖から酸を産生する機能が増強し、う蝕誘発能が高まることになります。このように酸性
環境に応じて酸生産能の増強することを「酸適応」といい、酸適応によって酸生産能が増強すると、
やがて脱灰が再石灰化を上回り、初期う蝕病巣が生じると考えられます。
変化した環境で生き残る細菌が疾患を進行する
一度う蝕病巣が確立すると、酸性環境はより持続するようになります。酸適応には限度があり、
やがて酸性環境に弱い細菌から順番に、増強が阻害され、代謝が阻害され、酸性死に至ります。
その結果、厳しい酸性環境でも増強し酸を産生し続ける細菌が生き残ることになります。酸性環境に
耐える性質のことを「耐酸性能」といい、酸性環境が細菌の耐酸性能を応じて細菌を選択することを
「酸選択」といいます。耐酸性能が高く、酸選択で生き残る代表的な細菌がMS菌やLactobacillas
(乳酸桿菌)です。
う蝕は多くの細菌が機能した結果
う蝕は歯肉縁上という環境における細菌たちみんなの機能によって生ずること、すなわち、細菌の
機能が環境を変え、それに細菌が適応する(酸適応)とともに環境をさらに変え、やがて環境によって
生息できる細菌が選択される(酸選択)ことでう蝕が進行します。このう蝕プロセスでは、歯肉縁上
プラークに生息するどの酸性生菌であってもう蝕発症に関わると考えられ、言い換えると、細菌の
種類ではなく、細菌の機能が重要であることが分かります。
〈まとめ〉
う蝕を初期段階で食い止める方法の一つとしてプラーク内の酸性環境が持続しないようにすることが
大切です。1日に数回の食事で一時的に酸性環境になることは避けられませんが、間食の食べ方や
ブラッシングに注意し、適切にフッ化物を用いることで、う蝕の予防は可能です。
衛生士 関口